2015年4月23日木曜日

天職

職場の9名の入居者の中で一人だけ、
喋れるのに言葉を発しない人がいる。

その人の名前を仮にSさんとする。

Sさんの入居時の家族の要望の欄には、
「以前は明るい人だった。笑顔を取り戻して欲しい。」と書かれていた。

私は思った、彼女はなぜ言葉を発しないのか。
彼女はもう明るい人ではなくなってしまったのか。

認知症だから、発語が出来ない?
それとも面倒だから話さない?
もしくは、言葉を発する事を自分の意思で辞めている?

認知症の人との関わりの中で、
私が信じて疑わないことが一つだけある。

認知になったからと言って、別人にとって変わる訳ではない。
脳の一部が壊れるのだから、確実に変化はする。
けれど、何かが一部欠けるだけと私は思ってる。

たしかに、認知が進むにつれてその欠けているものは多くなるかもしれない。

けれど、明るい人の根っこの部分は素直な人。
人が産まれ持った時から持っている素直な心を、
高齢者になるまで持ち続けた人がその才能を失う訳がない。

だから私はSさんに時間の間隔をとりつつ、
しつこくない程度に関わるようにしていた。

そして今日、やっとSさんの中に笑顔を取り戻すための鍵を見つけた。

手にゴミを持って、廊下をゆっくりと往復するSさん。
手に持つゴミを渡して欲しいとお願いしても、決して渡してくれなかった。

私は思った、Sさんはきっと認知症になったことで
沢山の事が分からなくなったから、それに傷ついたのかな。
だから話す気持ちを失ってしまったのかな。と。

Sさんに声かけをした。
「どこに行きたいか分かる?」
Sさんは答えた。
「分からない。」

彼女と接する中で、
一言、二言と言葉を発してくれる機会が増えている。

とても優しい人だと思う。

明るい人はなぜ明るいのか、それは人を思い、
人に心地よく過ごして欲しいと思う優しさがあるからだ。

他入居者の部屋に入るSさんに並んでついて行く。

そして他人の部屋の中で、一緒にゴミ箱を見つけ、
「お、ここにゴミ箱あったよ!」と声かけをする。

「ここにそのゴミ捨てちゃおーよ!えいって!(笑」と私が笑うと、
普段無反応なSさんが、元気にゴミをゴミ箱に投げ捨ててくれた。

思わず笑ってしまう、嬉しくて。

Sさんは歩みを進め、他入居者の部屋の中で他人のベッドをじっと見つめている。
「ここで寝ていいのか考えてるの?」と声かけをするとSさんは私をじっと見つめて居た。

「横になる?お部屋行く?」
「私、Sさんのお部屋に連れてってあげられるよ?」と声かけをしたら、
Sさんは自らそっと手を差し出してくれた。

Sさんと手をつなぎ、Sさんの部屋へと向かう。

「横になる?」と聞くとSさんはは無表情に少しだけうなづく。

「じゃ、また後でね!」と居室を出ようとする私、
ドアを閉めようと振り向くと、Sさんが無表情のまま手を振ってくれていた。

嬉しくって心が震える。
手を必死に振り返した私が居た。

そして思う、いつかSさんと会話がしたい!!

この仕事は、私を常にポジティブに変える仕事。最高の天職。

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